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みんなのコードマガジン

活動レポートをお届けするウェブマガジン

2030年代の情報教育〜つくること・表現することを通した学びを目指して〜

「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」シリーズ①

みんなのコードは、2024年7月に次期学習指導要領に向けての提言「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」を発表しました。

これは、私たちが考える、これからの小・中・高の情報教育のあり方について提案するものです。

提案を作成に至る背景について、全体に関わる「基本方針」にあたる部分の執筆を担当した未来の学び探究部の永野と宮島が語り合いました。

教育関係者はもちろん、子どもの教育に関心のある全ての方々にとって、情報教育の未来への展望が開けてくる内容になっていたら嬉しいなと思います。ぜひご一読ください。

著者プロフィール

永野 直
元千葉県公立高等学校情報科教員。2003年に新設された高等学校教科「情報」の授業を約20年間担当。2011年に千葉県立袖ヶ浦高等学校で「情報コミュニケーション科」を立ち上げ、日本初の生徒1人1台のタブレット環境を導入。文部科学省の協力者として学習指導要領の「情報」科目の作成にも貢献。千葉県総合教育センター研究指導主事を経て、2021年からNPO法人みんなのコードに参画。現在、宮城教育大学の非常勤講師も務めている。

宮島 衣瑛
1997年5月生まれ。修士(教育学)。2013年より千葉県柏市で小中学生向けプログラミング道場「CoderDojo Kashiwa」を主催し、全国でICT教育の実践・研究を行う。2015年に株式会社Innovation Powerを設立し、代表取締役社長兼CEOを務める。2017年から一般社団法人CoderDojo Japanの理事を務め、文部科学省の委員や柏市の各種委員会でも活動。2022年にNPO法人みんなのコード特任研究員に就任。2023年から逗子オルタナティブスクールFRASCOのカリキュラムディレクター(理事)、2024年からは白梅学園大学の非常勤講師も務める。大学院ではコンピュータ教育の研究に取り組んでいる。

「創造」・「表現」する学び

宮島:今回の「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」の「基本方針」を作るにあたって、現在の情報教育について、永野さんはどんなところが課題だと感じていましたか?

永野:情報に関する学習内容がどんどん増えていく中で、 教科書に書かれている教えるべき項目をこなすだけで精一杯というのは問題だなと思っています。
今回のカリキュラムモデル案で、小・中・高の情報教育の時間を増やすというのは、より高度なことをたくさん学ぶべきだという意味ではなくて、 余裕を持った時間の中で試行錯誤できる時間、 作りたいものが作れる時間、そういう時間的な余裕が必要なんじゃないかというのが前提としてあります。

宮島:「情報」の学習をする子たちみんなが探究的に学ぶこと、そして今回のカリキュラムモデル案には表現創造的な学びというキーワードがいたるところに入っていますが、そのような学びが今後必要だろう、というのはどういうところから来ていますか。

永野:私が高校の情報科で教員をやっていたときから、生徒が新しいアイデアを考えることとか、何か面白いものを作ってみようという気持ちを大切にしたいということが根底にあります。
しかし、そうはいっても、誰だってすぐにアイデアなんて思いつかないわけですよ。
生徒たちがいろいろ話し合いながら、

 ああでもない、こうでもない、やっぱりこっちの方が面白いかなとかね、このやり方は見たことないぞ、ってワクワクするみたいな。

誰かに言われた通りにやるんじゃなくて、面白いことをやりたいという感覚はこれからの時代とても重要になるんじゃないかなっていう気がします。
ちなみに、宮島さんも表現とか創造というキーワードにこだわりがありますよね。

宮島:僕はプログラミング教育に関わり始めた10年ほど前から、
「プログラミングは創造的な活動そのものであり、そのプロセスは表現活動」だとずっと思っています。
やはり表現をすることを通して、「自分の中にあるものを外に出す楽しさ」みたいなことが大事だと思っています。
永野さんと私が重視する共通の気持ちは「楽しさ」だと思っていて、何かものを作る上で、楽しさみたいなことが、 情報を学ぶことで大いに育くまれると考えているのだと思います。 さらに、今回のカリキュラムモデル案では、学習内容だけではなくて学習方法についても提言をしています。情報を学ぶということは、表現と創造的な学びが重視されるべきであると思っています。

作りながら学ぶということ

永野:表現や創造は色々な教科でも大事ですが、情報教育としてはどのように関わるのでしょうか。

宮島:ものを作る上で、技術への解像度が上がると作れる幅がどんどん広がってくると思うんです。これまでの学校教育では、作り方を教わってから作っていた。ところが、創造的な学びは、作りながら学んでいくわけです。その順番が逆転するというところが、創造的な学びの意味だと思ってるんです。今までは仕組みを学ぶためにまず知識をインプットするわけですが、そうではなくて作ることを通して学んでいく、ということです。専門用語ではティンカリング(tinkering)とも言います。

永野:ちょっとここで、私が授業見学した時の話をすると、ある小学校でプログラミングの授業を見学した時、子どもが社会科に関連するクイズのプログラムを作っていたんです。その時、問題を5問から10問に増やすためにどんどんプログラムを追加して、それぞれに正解の判定をしていたんです。
例えば問題と解答のリストを作れば、プログラムがもっとシンプルになりますよね。それをあの子が知ったら、とても喜ぶと思うんですよ。
「リストとは何か」という話から始めたら、ピンとこないかもしれないけど、あの子にとっては、自分の作っているもの、やりたいことそのものだから、多分その意味を実感できる。

実感を得るにはある程度の時間や経験、自分で創造したり表現したりする場面が必要だと思うんです。
だから、「情報を学ぶ時間」を確保して、表現や創造を通した実感を伴った学びの機会を増やすために、継続的に取り組む必要があるんじゃないかというのが、今回のカリキュラムモデル案ですね。

宮島:ある意味、表現するとか創造的になるっていうのは、 教師のコントロールから離れる瞬間であるとも思うんですよね。
僕は子どもの創造性を確保するには余白が必要だとよく主張してるんですけど、 ものを作るという行為は余白がないとできないことですし、 一から十まで決められたものをやるのって、それは創造ではなく作業なので、ワークでしかないと思っています。

永野:大人の想定通りに作らせることが目的ではないですからね。

宮島:思い出したんですけど、 高校の時に情報で、Webページを作る課題をやったんですが、 いわゆる習ったことだけじゃなくて、何をやってもいいよみたいなことを先生が言ってくれたんですよね。そこで頑張って、JavaScriptを使って動的なウェブサイトを作ったんです。そこで使った技術はもちろん習っていないことでしたが、担当の先生はそれを尊重してくれました。 すごくいい経験だったなと思います。
子どもたちが想定を超えるようなものを作ろうとしたときにそれを認め、適切に評価をしてあげるというのは、大人や先生たちにとってとても大切なことだと思います。

「体系的に学ぶ」意味とは

永野:ちょっとここで話題を変えるのですが、宮島さんは「体系的に学ぶ」ということについてどう考えていますか?

宮島:体系的に学ぶという意味は、学年が上がってくる中で、小学校ではこれをやりなさい、中学ではこれをやりなさい、高校ではこれをやりなさいというものではないと考えています。 各学校段階で、何度も同じテーマをちょっとずつ深ぼりしていくという、そういうスパイラルモデルだと思います。
例えば、小学生の段階では仕組みや理由はわからなくとも何かに気づくということだけでも、大事なことと言えるでしょう。高校生になったとき、小学生の時の気づきが科学的な理解とつながるとか、そういう学び方がなされていくといいなと思います。
だから、ただ積み上げるのではなく、 同じ内容を扱うにしても、それぞれの段階で捉え方が違ったりアプローチが違うわけで、 何度も何度も同じテーマについて取り扱うことが大事なのだと思います。

永野:そのような学びを通して、着実に身についたり、応用もできるようになってくるんでしょうね。

宮島:だからこそ小・中・高で継続的にやることに意義が生まれてくると思います。小・中・高で共通した学習領域に整理したことが重要なのではなく、 それを何度も繰り返しながら学ぶという汎用的なカリキュラムとして捉えることが今回のポイントだと思います。

永野:学校段階で領域を分断せずに、小・中・高を通して繰り返し学んでいくという形ですね。

宮島:小・中・高のそれぞれで、どういう姿を望むかというと、
小学校は「『何かできそうだ』気づく」、
中学校では「『できそう』をできるようにする」、
高校では「『できる』をやる」
という整理をしています。
この感覚はかなり的を得ているのではないかと自負しています。

永野:まずは知識習得段階、それから実習をやり、問題解決の体験をするという線形の流れだけではなく、 同じ領域の学習であっても、それぞれの学校段階で得る知識や応用、体験というものが螺旋的に存在するわけですよね。

宮島:だから今回のカリキュラムモデル案は、情報について学ぶコンテンツを用意するという意味だけではなくて、コンピテンシーが大切だということですね。
「情報技術を使って、周りををちょっとよくできるんじゃないか」 
「自分の生活をもうちょっと変えられるんじゃないか」
そういうマインドを持った子たちが多く育っていくと、 少なくとも日本はもうちょっと明るくなると思うし、元気になりそうな気がします。

今、あらためて「情報教育」について考えたい

永野:今回のカリキュラムモデル案は、情報教育で何を学ぶかというよりは、学び方とか、大人や社会と子どもたちとの関わりとか、 そういうことまで含んだ内容になってるわけで、 実はかなり視野の大きい話になっています。
子どもたちがどうやって学んでいくべきか、 どんな人生を送ってほしいのかという大きな話題に改めて立ち戻って考えないといけない時期なのだと思います。

宮島:「基本方針」の「時代性の認識」や「子どもたちの現状の認識」では、私たちは現状の情報教育の課題について改めて認識する必要があるということ。そして情報を学ぶことによって、子どもたちの未来がより良い方向に向かうはずである、と少なくともみんなのコードは本気でそう信じているということを伝えたいですね。

永野:それにはやはり情報に関する継続的な学びの体験が大事です。高校の情報の授業だけでは十分ではないと思います。知識や体験を通して得られる感情や感覚というのはそれぞれの段階で違い、それぞれに価値があります。小・中・高の各段階を通して創造・表現しながら情報を学んでいくことが大事で、知識の総量だけを重視するものではない、ということですね。

宮島:間違いないですね!

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