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企業×NPOの越境がもたらすインパクト〜「みてね基金」×みんなのコード〜(後編)

「より良い社会を実現するために、異なるセクターや分野を越えて社会課題の解決に取り組むこと」を目的とした「NPOとともに築くシリーズ」の対談企画です。

今回は「みてね基金」の岨中(そわなか)さんにお話を伺いました。

「みてね基金」は、MIXI創業者の笠原健治氏が個人の資金で開始した基金で、「すべての子どもたちが幸せに暮らせる社会」を目指し、さまざまなNPOの活動を支援しています。企業の資金やリソースがどのように社会課題の解決に生かされるのか、また、営利と非営利の垣根を越えた新しい協力のあり方とは何か—前編に続き、さらに深く掘り下げていきます。

なお、「みてね基金」は2025年4月で設立から5周年を迎えたことを機に、これまで個人で行っていた活動を発展させ、4月1日より「一般財団法人みてね基金」として法人化されました。今後ますます広がるその取り組みに注目です。

前編URL:https://code.or.jp/magazine/20250416/


プロフィール

◉話し手:みてね基金 岨中 健太氏
2005年に株式会社イー・マーキュリー(現在の株式会社MIXI)に入社。SNS「mixi」や創業事業の求人情報サイトの事業責任者、新規事業の立ち上げ、カスタマーサポート、障害者雇用など、幅広い業務を経験。2019年12月から「みてね基金」の立ち上げを開始。現在はみてね基金事務局に関わりながら、MIXIの複数部門の業務を手がける。

◉聞き手:みんなのコード COO 杉之原明子
2008年に株式会社ガイアックスにインターンとして入社。学校向け新規事業の立ち上げを経て、2014年にアディッシュ株式会社を設立及び取締役に就任。管理部門の立ち上げ、上場準備及びダイバーシティ推進に取り組む。2021年に、ITベンチャー企業における経営層の多様化に取り組むスポンサーシップ・コミュニティを発足。同年みんなのコードCOOに就任。ベンチャー企業の社外取締役も兼務。

◉みてね基金
「すべての子ども、その家族が幸せに暮らせる世界を目指して」みてね基金は、子どもや家族を取り巻く様々な社会課題の解決に取り組むNPOを支援するために、2020年4月に活動が始まりました。


「社会課題の手触り感」が越境の第一歩

杉之原:ここまでは、「みてね基金」の成り立ちや、支援してきた団体から見えてきたことについてお話を伺いました。

ここからは少し議論を広げて、「越境」というテーマに移っていきたいと思います。

私は、NPOにもっとリソースが集まる仕組みが出来ないものかと感じています。特に、「営利」と「非営利」で働く人より柔軟に越境し、互いに支え合える仕組みができないかと思うんです。

多くのNPOは、限られたリソースの中でそれぞれの課題解決に取り組んでいます。しかし、営利と非営利それぞれが抱える課題を共有し、足りないものを補い合うことで、より大きな社会的インパクトを生み出せるのではないでしょうか。

岨中氏:本当にそう思います。ただ、一方で気をつけなければならないのは、善意が先行しすぎて、NPO側の実情と合わない支援になってしまうケースもあるということです。

例えば、企業や個人が「社会のために何かしたい」と考えて行動したとしても、それがNPOが本当に必要としているものとは違う場合があります。支援を受ける側も、せっかくの申し出を断りづらいという状況になってしまうこともありますよね。

だからこそ、双方のニーズをしっかり把握し、適切にマッチングする「コーディネーター」の役割が重要だと感じています。困っていることと、それに対応できるリソースをもっと可視化することで、支援がより効果的になるはずだと思うんですよね。

また、ボランティアの段階では問題なくても、それが副業やプロボノなど、より本格的な関わりになったときには、新たな課題が生まれてきてしまうこともあります。

結局のところ、「人それぞれが持つスキルや経験の有用性をどう高めるか」が鍵なのだと思います。個人のスキルや経験をより多くの場面で活かせる環境を作ることが、これからの社会課題解決において重要になってくるのではないでしょうか

杉之原:MIXIの社員さんが「みてね基金」の支援先団体とコラボレーションすることはありますか? 

岨中氏:公式な会社の活動ではなく、あくまでも個人のボランティア活動としてですが、実際に関わっている社員はいますね。

「みてね基金」の支援先団体の課題を私がヒアリングし、それをもとに「社会活動に参加したい」というMIXIの社員に声をかけています。その上で、「どのようなことに関心がありますか? どんなスキルを活かせますか?」と話を進めます。

杉之原:印象に残った社員さんからのコメントや変化はありますか?

岨中氏:共通しているのは、「自分のスキルがこんな形で社会貢献につながるとは思っていなかった」という気づきですね。

実は、私自身も社会貢献活動を通じて、自分のスキルが社会のために活かせるのだと実感できるようになったんです。それをきっかけに、周りの人にも「もっとできることがあるんだよ」と伝えられるようになりました。

会社の中で日々の業務をこなしながらも、自分のスキルをさらに伸ばしたい、あるいは会社では発揮しきれない能力を別の場で活かしたいと考えている人は意外と多いと思います。

最近は副業の選択肢も増えていますが、そこに「社会貢献」の要素が加わることで、より充実感や自己肯定感を得られるのではないかと思います。そのための機会が、もっと広がっていけばいいなと感じています。

海外の企業では、SalesforceやGoogleのように、ボランティア休暇やプロボノ制度を導入している企業もあります。日本企業でも、こうした取り組みがもっと広がっていけばいいですね。


営利と非営利の「越境」が生み出すインパクト

杉之原:NPOの活動に関わることで、社会課題の”手触り感”を直接感じることができるのは、大きなポイントかもしれませんね。

ただ、NPOの多くは組織体制が十分に整っていないところも多く、業務が分業されていないことも課題の一つかなと感じています。企業と連携するにしても、受け入れ体制をどう作るかが、今後の大きな課題になりそうだと個人的には感じています。

岨中氏:そうなんですよ。企業からすると、「どこで役立てるのか、何を求められているのかが分からない」こともあると思います。ただ、これは逆にいうと、企業側は役に立てる幅が広いということだとも感じています。

そして、NPO側は「何を頼めばいいのか分からない」といった声もよく聞きます。困っていることはたくさんあるのに、ボランティアの方にどの仕事をお願いすればいいのか整理する時間が取れない、ということもあるんですよね。

杉之原:分かります。NPOが企業の社員を受け入れることは、場合によって負担が大きいのも事実ですよね。

岨中氏:だからこそ、私たちが支援を行うときは、お互いのニーズが合わない場合は無理に進めないことも重要だと考えています。支援がうまく機能しないこともありますし、その場合は無理せずやめる、という柔軟なスタンスでいます。

杉之原:そういう関わり方ができるのも、NPOの良いところかもしれませんね。ボランティアやプロボノの形で、お互いがメリットを感じながら活動できるのは大事なポイントだと思います。

岨中氏:そうした関わりの中で、最終的にはNPOに籍を置く人が出てくる可能性もあります。まだ課題は多いですが、まずはその流れを作ることが大切なのかなと思います。

杉之原:その流れを作るためには、現状ではかなり丁寧なディレクションが必要ですよね。適切なマッチングを行うために、資金の活用方法を考えたり、NPO側が受け入れ体制を整えたりすることが求められます。そして、「非営利」と「営利」の行き来を表すキャッチーな言葉が生まれて、もっと世の中に広まってほしい!と個人的には思っています。

岨中氏:分かります!「プロボノ」という言葉はありますが、まだ一般的とは言えませんし、「ボランティア」という言葉も正しいとは思うのですが、少しニュアンスが違う部分がありますよね。

杉之原:私たちが話している「越境」というのは、単に業務を支援するのではなく、NPOの活動に積極的に関わることを指している気がします。

もっと気軽に試してみる、ということができると良いですよね。企業の人が非営利の現場に関わることで、確実に社会課題が「自分ごと」になり、本業にもフィードバックされる。あるいは、自分自身の活動そのものが変わる可能性もあります。

岨中氏:私自身も、「みてね基金」に携わるまでは、インパクト評価や非財務情報についての知識はほとんどありませんでした。聞いたことはあったものの、肌感覚としては理解できていなかったんです。

具体的な話でいうと、ロジックモデル(※)がありますよね。最初は全く知らなかったのですが、これは非常に論理的に整理された、汎用性の高いフレームワークなんだと気付きました。それを知ってから、会社の中でも活用するようになったんです。業務の整理がしやすくなるし、説明も格段にしやすくなりました。

非営利で学んだことが、営利のマネジメントや組織運営に応用できる、というのは実感としてありますね。

(※)施策や活動の因果関係を整理し、「何のために、何をするか」「それによってどんな成果が生まれるか」を示すフレームワークのこと。

杉之原:本当ですよね。今、企業もSDGsなど社会課題の解決に取り組むことが求められています。売上や利益だけを追求するのではなく、社会価値もどのように生み出すのかが、企業にとっても重要な視点になっていますよね。また、働く人にとっても、社会課題の解決が自分の仕事とどう結びつくのかを意識する流れが強まってきていますよね。

岨中氏:その流れの中で、NPOはインパクト評価をいち早く導入してきた存在でもあると思います。営利企業の現場でも、この考え方を知ることで、自社の方向性や、どの社会課題にどうアプローチするのかを明確にできるはずです。そして、それが売上や利益の創出、さらには株主への還元にもつながるのであれば、企業にとっても事業の意義を再確認する機会になるのではないでしょうか。

非営利の世界には長年社会課題に向き合ってきたプロフェッショナルが集まっています。現場で活動する専門家もいれば、社会課題を俯瞰的に見る人もいる。その知見を、もっとオープンに社会へ還元することが大切だと思います。

杉之原:そういう意味では、非営利の人が営利に飛び込む機会も作っていきたいですね。

岨中氏:営利・非営利を行き来しながら経験を積むことで、見える景色が変わる。その積み重ねが、大きな変化を生む可能性は十分にあると思います。

杉之原さんのように、営利の世界でしっかりと経験を積んだ方が非営利の領域にも関わることで、新たな視点やアプローチが生まれるのを感じています。こうした人がもっと増え、互いの知見を持ち寄ることで、より柔軟で持続可能な社会の仕組みが作られていくのではないでしょうか。そうした意味でも、営利と非営利の間を越境する動きが、もっと一般的になっていくといいですね。


「起業家フィランソロピスト」という存在

杉之原:NPO支援をより持続可能なものにするためには、資金の流れや社会とのつながり方も重要になってくるのではないでしょうか。岨中さんは、こうした活動を支える「資金の在り方」について、どのように考えていますか?

岨中氏:やはり「起業家フィランソロピスト」という存在は、社会にとって非常に重要だと思います。「みてね基金」をはじめた笠原のように、意義のある形で資金を社会に還元できる人は、まだ多くはありません。

起業家が増えれば、こうしたフィランソロピストも増えていくのではないでしょうか。例えば、年間1億円を自由に寄付できる起業家がどれだけ増えるかは、社会の成熟度を測る指標の一つになるかもしれません。10億円の寄付をする人はまだ限られていますが、1億円の寄付なら実現可能な人が増えてくると思うんです。

このような変化が進めば、NPOや社会起業家がより自由に活動できる環境が整い、より多くの社会課題に取り組めるようになります。ただ、こうした流れを作るためには、「どのように起業家が社会貢献へと意識を向けるか」が大切だと感じています。

最近では、IPOなどで得た資金を社会課題の解決に活用しようとする起業家が増えてきています。

そうした流れが広がれば、いきなりNPOの世界に飛び込むのではなく、まずはインパクトのある事業を自分自身が創出し、その収益を社会貢献に活かすという動きが加速するはずです。10年後、20年後にそういう流れが当たり前になっていたらいいなと思いますし、笠原のような起業家をモデルにした若い世代が増えていくことを期待しています。

杉之原:「鶏と卵」のような関係ですが、そういった起業家やフィランソロピストが増えることで、社会との接点が増え、越境体験をする人も増えていく。その中で、「お金をどう捉えるか」という意識の変化が、社会の在り方を大きく左右してくるのではと思います。

岨中氏:社会において「関係資本」をどう増やしていくかも、非常に重要なポイントだと思います。資金だけでなく、人と人とのつながりが、社会を変える大きな要素になります。そのためには、人が交流できる場や、越境できる機会を支えるための資金も不可欠です。それがしっかりと整うかどうかが、今後の社会貢献のあり方を左右するのではないかと考えています。


すべての子どもたちが幸せに暮らせる社会を目指して

杉之原:さて、そろそろお時間が迫ってきましたので、「みてね基金」を通じて実現したい社会について、改めてお伺いできたらと思います。

岨中氏:私たちのミッションは、子どもやその家族が幸せに暮らせる社会を実現することです。この想いは、活動を続ける中でも変わることはありません。

特に、この活動を通して改めて感じるのは、家族の形は本当に多様であるということです。すべての子どもに、お父さんやお母さんがいるわけではありませんし、祖父母が子どもを育てている家庭もあれば、さまざまな事情を抱える家庭もあります。だからこそ、「すべての子どもたちに」という言葉の意味を改めて考えさせられますし、それを大切にしながら支援を続けていく必要があると感じています。

私たちは、国内外を問わず多様な家族の形を尊重し、それぞれの子どもが安心して成長できる環境を整えていきたいと思っています。だからこそ、「みてね基金」としての強みを活かし、社会課題の解決に貢献していきたいと考えています。

杉之原:お話を聞いて、「すべての子どもたちに」という言葉の持つ意味の深さを改めて感じました。社会の状況が目まぐるしく変わり、家庭環境が多様化する中で、すべての子どもが安心して成長できる社会をつくることは、まさに私たちが向き合うべき課題ですよね。

特に、支援のあり方が単なる「助ける」ではなく、その子どもや家族がよりよい未来へ向かうための環境づくりであることが重要だと感じます。

杉之原:最後に、岨中さんにとって「ソーシャルセクターに関わるとは?」をお伺いしたいです。

岨中氏:やっぱり「信頼」ですね。

NPOの活動において、最も大切なのは「信頼関係」だと思っています。現場で活動しているみなさんを信頼して、私たちはみなさんをしっかり支え、伴走すること。それが、より良い社会を築いていくための基盤になると考えています。社会全体においても、お互いの信頼が最も重要な要素なのではないかと感じています。

杉之原:岨中さん、今日は貴重なお話をありがとうございました!

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