「より良い社会を実現するために、異なるセクターや分野を越えて社会課題の解決に取り組むこと」を目的とした「NPOとともに築くシリーズ」の対談企画です。
今回は、ITインフラサービスのグローバルリーダーであり、社会課題への積極的な取り組みでも注目されるキンドリルジャパン株式会社から、Social Impact(社会貢献)担当部長の松山亜紀さんをお迎えします。
キンドリルジャパンはこれまで、みんなのコードをはじめとする様々な団体と連携し、社会課題の解決に向けて協働を進めてきました。
今回の対談では、これまでの連携をふまえ、企業とNPOがどのように協働し、誰もが自分らしく学び、活躍できる社会を共に築いていけるのかを探ります。

プロフィール
◉話し手:キンドリルジャパン株式会社 Social Impact(社会貢献)担当部長 松山亜紀氏
2011年より日本アイ・ビー・エム株式会社(以下日本IBM)の社会貢献部門にて、キャリア教育、NPO支援に関わる。2019年からの株式会社セールスフォース・ジャパンのPhilathropy部門ディレクターを経て、2022年より現職、キンドリルジャパン株式会社のSocial Impact(社会貢献)リーダーとして地域社会をサポートし、助成金やボランティア活動を通じて重要な社会課題の解決に取り組む。2013年よりNPO法人ArrowArrow理事、2020年より江東区男女共同参画審議会委員、2023年より東京都教育委員会点検及び評価有識者会議 委員、2024年より一般社団法人 こども宅食応援団理事を務める。
◉聞き手:みんなのコード 代表理事兼エンジニア 利根川裕太
2009年にラクスル株式会社の立ち上げから参画し、プログラミングを学び始める。2015年 一般社団法人みんなのコード設立 (2017年よりNPO法人化)し、全国の学校でのテクノロジー教育の普及を推進。2016年 文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員、 2024年横浜美術大学客員教授に就任、文部科学省「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関する検討会議」委員。
◉キンドリルジャパン株式会社
キンドリルジャパンは、ニューヨークに本社を置くKyndryl Holdings, Inc.の日本法人です。
キンドリルは、ミッションクリティカルなエンタープライズ・テクノロジー・サービスのリーディングプロバイダーで、60カ国以上で数千にのぼる企業のお客様にアドバイザリー、インプリメンテーション、マネージドサービスを提供しています。世界最大のITインフラストラクチャーサービスプロバイダーとして、世界中で日々利用されている複雑な情報システムの設計、構築、管理、モダナイズを行っています。 詳細については、www.kyndryl.com(英語)またはwww.kyndryl.com/jp/jaをご覧ください。
「社会成長の生命線」ー社会を支えるキンドリルとは?
利根川:はじめに、読者の方に向けてキンドリルがどのような会社なのかご紹介いただけますか?
松山氏:キンドリルは、もともと私が以前勤務していたIBMという会社から、2021年に分社化された企業です。IBMの中でも、システム開発時に必要なインフラ設計や構築、またお客様企業のシステムの保守・運用に関わる事業部門が分社化されてできたのがキンドリルです。
現在ではシステム運用に関するコンサルティングや、より広範なテクノロジーサービス全般も担うようになってきており、世界最大規模のITインフラストラクチャーサービスプロバイダーで、世界60か国ほどに展開しているグローバル企業です。
利根川:なるほど。ちなみに、日本は御社の中で重要なマーケットなのでしょうか?
松山氏:はい、主要なマーケットのひとつとして注目されています。キンドリルの売上高においては、日本は2番目に大きい市場です。
少し抽象的な言い方にはなりますが、よく社内で話しているのは、「私たちは 『社会成長の生命線』である」ということ。要するに、社会の基盤、「インフラ」です。
たとえば、キンドリルのような会社がなければ、飛行機も飛びませんし、カーナビも動かないし、ATMで現金を引き出すことも、オンラインショッピングをすることもできません。
私たちはネットワークやサーバーを24時間365日止まることなく稼働させることで、人々の暮らしを支えています。
間違いなく「最前線」で社会を支えていると自負しております。
中学生などが企業訪問に来た際には、「水道が止まると困るよね。それと同じように、私たちの仕事が止まると、普段当たり前にできていることができなくなってしまう」と説明しています。「もしかすると、オンラインゲームなどもプレイできなくなるかもしれないね」と。
利根川:オンラインゲームだったら我慢できるかもしれませんが、電車が動かない、飛行機が飛ばないといったことは困りますよね。
BtoB(企業間取引)が中心なので、日常で目にする機会は少ないですが、あらためてキンドリルさんが「なくてはならない存在」だと実感しました。
会社設立と同時に掲げた「社会貢献」
利根川:私が印象的なのは、御社が分社化したタイミングで、すでに「社会貢献をしていく」という方針を打ち出していたことです。過去にそうした例を聞いたことがなかったように思います。背景についてお聞かせいただけますか?
松山氏:設立当時、私はその場にいたわけではありませんが、もともと母体となっていたIBMという会社は、社会貢献などの取り組みを非常に長く続けてきました。そういったDNAは、キンドリルにも当然引き継がれているのだと思います。
会社が設立されてすぐに「マテリアリティアセスメント」*を実施しました。新しい会社としてどこに注力すべきかを検討する中で、サステナビリティや地域の取り組みなど、「社会貢献」は大きな重点領域の一つとして浮かび上がってきました。
利根川:先ほどの話にもつながりますが、御社はある意味「人的資本」が重要な事業を営んでいると考えています。また、日本市場という特定の地域において、日本全体のIT系人材がより厚くなるように貢献していくということも、事業とリンクしていると理解しています。
松山氏:そうですね。会社設立のタイミングで「社会貢献を行う」という方針を定めただけでなく、「どの分野に注力するか」についても明確に定めました。
この方針も、社内外の有識者や社員のフォーカスグループなどの意見を取り入れながら決定しました。現在、当社のウェブサイトにも掲載されていますが、大きく3つの柱があります。それが、「教育」「環境」「インクルージョン」です。
この3つの柱はグローバルで共通していますが、それぞれの柱の中で、具体的にどんな課題に対して、どんなNPOと連携するかといった実施内容については、各国に裁量が委ねられています。
日本においては、社会課題として「スキルギャップ」や「ジェンダーギャップ」の課題などが挙がりました。そうした日本特有の課題と当社の方針が一致したことから、みんなのコードとの連携へとつながっています。
※マテリアルアセスメント:企業や組織が持続可能な成長を目指すうえで、「自社にとって重要な課題」と「社会にとって重要な課題」を整理・特定するプロセスのこと。
キャリアは自分の力だけで築けない
利根川:松山さんは、キンドリルが設立される以前から、継続的に社会貢献活動に取り組まれていた印象があります。どのような経緯で、またどのような思いで社会貢献の分野にキャリアとして関わるようになったのか、お聞かせいただけますか。
松山氏:私自身はもともと企業内で人材育成に長く携わっていました。具体的には、新入社員研修や技術系社員向けのスキル研修などです。
子どもを出産し、育児と仕事の両立を模索していたところ、認定NPO法人フローレンス*に出会いました。
いち利用者として利用したときに、当時の代表である駒崎弘樹さんが、「一緒に社会を変えましょう。仕事、子育て、自己実現が両立できる社会を私は作りたいと思っています。みなさんは同じ船に乗るクルーです」と話されていたのが印象的でした。
利根川:利用者までがクルーとおっしゃっていたんですね。駒崎さんは当時まだお若かったのでは?
松山氏:はい。20代後半でした。それで「えっ?」と本当にびっくりしました。駒崎さんは当時いわゆる「社会起業家」の走りのような存在で、「社会を変えたい」という強い意志を持っていて、たとえば子育てとの両立ができずに仕事を辞めざるを得なかった方々に対して、「そういう状況は良くない」と感じ、行動を起こしていたんです。「こんなに若い人が社会を変えようと頑張っているんだ」と感心しました。
それまで私は、社会貢献という分野にそれほど関心を持っていませんでした。しかし、自分が子育てを通じて受益者として病児保育などの支援を受けることで、「キャリアは自分の力だけでは築けない」ということに初めて気づいたのです。
例えば、熱を出した子どもを保育園に預けられないときに助けてくれたのは、フローレンスの隊員であり、子どもを預かってくださった、地域の子育てを終えた方々でした。あの方々がいなければ、私のキャリアは続けられなかったと思います。
今までは自分ひとりの力で生きてきたと思っていたのが、実際は多くの人の支えがあって、社会が成り立っていたということにはじめて気づきました。そのときに「自分は社会に対して何ができるのだろうか」と考えるようになったのが原体験です。
利根川:なるほど。
松山氏:当時私はIBMに在籍していたのですが、社員向けにボランティア活動の募集がありました。たとえば、子ども向けの理科実験教室やロボット教室などが開催されていて、「自分もそういう活動をやってみようかな」と思い、ボランティアを始めるようになりました。
そのうち、フローレンスの活動もいろいろと手伝うようになり、2008年には理事に就任しました。
そんな中、2011年に東日本大震災が発生しました。同年、日本IBMの社会貢献部門で人員を増やすことになり、「誰を任命しようか」という話になったとき、私に白羽の矢が立ちました。NPO連携の必要性が話されていた中で、それまでボランティア活動やNPOの理事を務めていたこともあり、2011年から正式に社会貢献の業務に携わるようになりました。
それ以来、現在に至るまで、社会貢献分野に関わってきていますので、もう15年目くらいになります。
利根川:なるほど。
松山氏:ちょうどその年に息子が小学校に入学するタイミングだったことも、私の決断を後押ししました。社会貢献部門での主な支援対象が教育分野だったため、「自分の子どもが育っていく社会をより良くしたい」という思いも強くありました。
当時の学校は外部との連携がまだまだ少なかった。だからこそ、子どもたちと社会のつながりをつくっていくような活動「当時で言えばキャリア教育のはしり」に関われることに、大きな意義を感じました。
利根川:ご自身のライフストーリーとキャリアが、すごく繋がっているんですね。
※認定NPO法人フローレンス:https://florence.or.jp/
多面的に広がる社会貢献の役割
利根川:松山さんご自身は今の仕事に充実感を持って取り組まれていると思いますが、社会貢献を進めたくてもなかなか進まずに悩んでいる企業や、責任ある立場の方もいらっしゃると思います。
私は、松山さんのような方やキンドリルのような会社が、もっと増えていけばよいと考えています。そのためのヒントのようなものを、せっかくなのでみなさんに共有いただけますか。
松山氏:そうですね。企業として社会貢献に取り組む場合、やはりトップのコミットメントが必要不可欠だと思います。それがなければ、何も始まりません。
そして、コミットメントがある、あるいはそれを形成するためには、会社が社会貢献を行う以上、「それを何のために行うのか」を明確にする必要があります。もちろん社会にとって良いことだから実施するというのはありますが、それだけではなく、「自社にとってどのような意味があるのか」をしっかり定義づけることが重要だと考えています。
例えば、まだあまり社名が知られていない企業であれば、ブランディングの側面が大きいと思います。また、ブランディングだけでなく、本業に近い領域でのビジネスを、いかに社会還元していけるかという視点から、CSR(企業の社会的責任)というよりもCSV(共通価値の創造)に近い形での取り組みに意義を見出すという考え方もあるでしょう。
さらに、製造業など地域との関係性が重要な業種では、地域コミュニティとの共生という観点からの社会貢献もあると思います。
最近、社内でもよく話題になるのが「社員エンゲージメント」というキーワードです。社会貢献は社外に向けた活動という側面もありますが、実は社員エンゲージメントの一環としても非常に有意義なのではないか、という議論があります。
弊社はBtoBでの業務が中心で、しかもお客様先での運用・保守業務など、社員がまるでお客様の社員のような働き方をしているケースもあり、自社への帰属意識を持ちにくい場合もあります。
しかし、例えばキンドリルのロゴ入りTシャツを着て、みんなで地域の清掃活動を行い、そこで会話をしたり、その後懇親会に参加したりすることで、同じ会社の仲間としての一体感が得られたり、普段業務では関わりのない社員同士がつながれたりする。そういった意味で、社会貢献活動やボランティア活動には、社員のエンゲージメントを高める効果もあると感じています。
たとえば、役員も、自身が活動に参加することによって、ボランティア活動が、社員の会社に対する帰属意識向上に寄与する効果を実感し、積極的に部門内への呼びかけなどを行ってくれています。その結果、ボランティア経験がなかった社員も今では参加してくれるようになっています。
そのように、「なぜやるのか」、「会社としてそれに取り組む意味は何か」ということを明確に定義し、社内でしっかりと共有・理解されていることが、とても重要だと考えています。また、「何のためにやるのか」といったポリシー次第でも、実際に取り組む内容や分野が変わってくるのではないでしょうか。
利根川:その通りですね。やはり、松山さんの言葉には、複数社を経験されてきたからこその深さがあると思います。