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社会と教育のギャップを埋め続けるためにNPOと企業ができることーキンドリル×みんなのコード(後編)

「より良い社会を実現するために、異なるセクターや分野を越えて社会課題の解決に取り組むこと」を目的とした「NPOとともに築くシリーズ」の対談企画です。

今回の記事では、前編に続きキンドリルジャパン株式会社からSocial Impact(社会貢献)担当部長の松山亜紀さんへのインタビューをお届けします!

キンドリルジャパンはこれまで、みんなのコードをはじめとするさまざまな団体と連携し、社会課題の解決に向けて協働を進めてきました。

今回の対談では、これまでの連携をふまえ、企業とNPOがどのように協働し、誰もが自分らしく学び、活躍できる社会を共に築いていけるのかを探ります。

前編URL:https://code.or.jp/magazine/20250702/


プロフィール

◉話し手:キンドリルジャパン株式会社 Social Impact(社会貢献)担当部長 松山亜紀氏
2011年より日本アイ・ビー・エム株式会社(以下日本IBM)の社会貢献部門にて、キャリア教育、NPO支援に関わる。2019年からの株式会社セールスフォース・ジャパンのPhilathropy部門ディレクターを経て、2022年より現職、キンドリルジャパン株式会社のSocial Impact(社会貢献)リーダーとして地域社会をサポートし、助成金やボランティア活動を通じて重要な社会課題の解決に取り組む。2013年よりNPO法人ArrowArrow理事、2020年より江東区男女共同参画審議会委員、2023年より東京都教育委員会点検及び評価有識者会議 委員、2024年より一般社団法人 こども宅食応援団理事を務める。

◉聞き手:みんなのコード 代表理事兼エンジニア 利根川裕太
2009年にラクスル株式会社の立ち上げから参画し、プログラミングを学び始める。2015年 一般社団法人みんなのコード設立 (2017年よりNPO法人化)し、全国の学校でのテクノロジー教育の普及を推進。2016年 文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員、 2024年横浜美術大学客員教授に就任、文部科学省「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関する検討会議」委員。

◉キンドリルジャパン株式会社
キンドリルジャパンは、ニューヨークに本社を置くKyndryl Holdings, Inc.の日本法人です。

キンドリルは、ミッションクリティカルなエンタープライズ・テクノロジー・サービスのリーディングプロバイダーで、60カ国以上で数千にのぼる企業のお客様にアドバイザリー、インプリメンテーション、マネージドサービスを提供しています。世界最大のITインフラストラクチャーサービスプロバイダーとして、世界中で日々利用されている複雑な情報システムの設計、構築、管理、モダナイズを行っています。 詳細については、www.kyndryl.com(英語)またはwww.kyndryl.com/jp/jaをご覧ください。


きっかけは「Hour of Code」

利根川:実はみんなのコードと松山さんのご縁は、IBM時代からだったんですよね。みんなのコード、あるいは私の第一印象を伺ってもいいですか?

松山氏:最初のきっかけは「Hour of Code」*ですね。たしか日本で初めてローンチされて、大規模にイベントが実施されていたときに参加しました。

利根川:はい。1万人規模のイベントが2016年5月にあり、その前段階として、2015年12月に渋谷で開催したイベントでしたね。「Hour of Code」を日本で初めて紹介するようなタイミングで、エンジニアコミュニティやIT企業などに広く声をかけていた記憶があります。

松山氏:IBMにもお声がけいただき、何ができるかわからなかったのですが、私が参加し、利根川さんと初めてお会いしました。

利根川:ちょうど「みんなのコード」立ち上げの頃でしたね。

松山氏:その時、私は「みんなのコード」にすごく可能性を感じたんですそのイベントには、いろいろな企業のエンジニアがサポーターのような形で参加していて、子どもたちと関わっていました。私自身も子どもを連れて参加していたのですが、国内だけでなく、海外の方もいらっしゃって、子どもたちの情報教育に、何かしら貢献できればという思いが皆さんから溢れていたのが印象的でした。

当時、社会貢献の業務はしていましたが、他社の方々が集まる場に参加したことはあまりなかったんです。なので、NPOの呼びかけに多くの企業が協力してコラボレーションするというシーンは、とても刺激的でした。

それから、利根川さんが「子どもたちの未来のために大人たちが協力していきましょう」といった前向きなメッセージを熱く発信されていたのを今でも覚えています。

※Hour of Code(アワー・オブ・コード):米国の非営利法人Code.orgが主催する、世界中の子どもたちにコンピュータサイエンスを学ぶ機会を提供するプログラミング体験イベント。2013年の開始以来、180カ国以上で開催され、みんなのコードが日本国内の認定パートナーとして普及を支えていた。


10年で見えた、社会と教育の“確かな変化”

利根川:みんなのコードの活動と松山さんご自身が大切にされていることは、教育や社会貢献の領域で重なる部分があると思うのですが、松山さんが大事にしていることはなんですか?

松山氏:そうですね。実はみんなのコードって、教育も、テクノロジーもあって、私の興味にドンピシャな団体なんです。

みんなのコードは、情報教育の分野でずっと取り組んでこられたと思うのですが、私自身、子どもたちが未来の社会の担い手として生きていく上で、テクノロジーは必須だと思っています。

例えば学校現場にPTAなどを通じて関わることもありますが、実際には学校がテクノロジーをうまく活用しきれていないという現実があります。私の息子が学校に入学した頃は、プログラミング教育のカリキュラム自体がほとんど整備されていない時期でもありました。

そういう現場を見ると、IT企業の一員として、そして一人の親として、「なんとかならないかな」と強く思います。やはり、私たちが社会の中でITを使って支えていく立場である以上、学校現場や子どもたちにも、テクノロジーの力をしっかり届けて、未来の担い手としてテクノロジーを活用できる世の中にしていきたいという思いがありますね。

利根川:そういう意味では、これまでの10年間、一緒にテクノロジー教育を推進してきたなかで、手応えのようなものは感じられていますか?変わったなと思うのか、まだまだだなと思うのか。

松山氏:この10年で本当に変わったと思いますね。

利根川さんと10年前に初めてお会いした時は、何もないところからNPOを立ち上げられて、ちょうど日本では「プログラミング教育をどうにかしなきゃいけない」と機運が高まっていた時期だったと思うんです。

利根川さんは比較的若い世代であるにも関わらず、国から聞く耳を持ってもらえるポジションにいるっていうこと自体が、社会が変わりつつある証拠なのかなとも思います。

利根川さんから「今、政府にこういう提言をしています」「こういう取り組みをしています」ってお話を伺う度に、「ああ、若手がそういうことを提言できる場があるんだ」って、すごく希望を感じるんです。

利根川:40歳になったので、さすがにもう「若手」という感じはなくなってきましたが、たしかに当時32歳で、あまり例がなかったですよね。

松山氏:そうですね。もちろんまだ課題は色々ありますが、GIGAスクール構想やプログラミング教育など、少しずつ変化が起きています。それに加えて、やはりコロナ禍で大きなパラダイムシフトがありましたね。必要に迫られて、学校現場や公共自治体、いわゆるガバメントセクターも変わらざるを得なかった。以前では考えられなかったオンライン会議などが行われるようになりました。

利根川:本当にそうですね。研修や地方自治体とのオンラインミーティングも、コロナ以降は当たり前になりましたよね。

10年活動していると、振り返ったときに、そうした小さな変化は「進歩」として実感できます。


「社会システムの変革」に取り組む

利根川:教育に関する話題になると、例えば大学や高等教育、あるいは採用に直結するような領域を支援するという方向性を選択する企業も少なくないように感じます。

そういった中で、みんなのコードのように、より初等・中等教育を対象にしている団体と一緒に取り組んでいるのはどうしてですか?

松山氏:これはキンドリルジャパンとしても、そしてグローバル全体としても共通する方針ですが、やはり「未来志向」という考え方を重視しているからだと思います。

たしかに、採用という観点で言えば大学との連携も一つの有力な手段だと思いますが、それとは別に、「国の未来を担う世代」への投資という視点を大切にしています。

さらに言えば、情報教育が今まさに日本における直近の社会課題であるという認識もあります。

利根川:「投資」という言葉がありましたが、企業からご相談いただくとき、活動に対するご支援を「いくらでお願いします」という提案をすることがありますが、そうしたとき、「みんなのコードはコストが高い団体なのでは?」という印象を持たれてしまうこともあるのかなと感じています。

私としては、「実はみんなのコードは投資対効果が高いのでは?」と思っています。というのも、みんなのコードは、先生方向けの研修を提供し、教材も作成・提供し、さらにその現場で得られたデータを分析し、政策提言にもつなげています。そして、その提言が再び新しい教材開発や研修企画に還元されるという循環が起きています。

ジェンダーやインクルーシブ教育に関する取り組みも、たとえその時の参加者数が限られていたとしても、そこで得た知見をもとに次の政策提言や別のプロジェクトに活かされています。

多くの企業とのご縁を通じて活動の幅が広がってきた今、ますますその価値を感じていただけるのではないかと思います。

松山氏:私もそう思います。そういう意味では、みんなのコードは、「社会システムの変革」に取り組まれている団体だと思っています。

たとえばキャリア教育について考えたとき、これは否定する意図はまったくありませんが、学校現場に社会人を派遣して話をしてもらうようなマッチングの取り組みには大きな意義がありますし、実施すればするほど達成感や満足感も得られると思います。

ただ、それだけで本当に社会を変えることができるかという視点に立つと、「一体どれだけやればよいのか」という課題に直面します。

利根川:そうですね。

松山氏:もちろん、一人ひとりの子どもに丁寧にリーチしていくことは非常に重要です。

しかし、みんなのコードは、生徒だけでなく教員へのアプローチや教材の整備といった多方面からの取り組みを行っておられますよね。

みんなのコードは教育を「社会システム」として捉え、俯瞰的な視点でご活動されているんだと思います。より大局的に教育現場を見つめておられる方々って、実はそれほど多くないと思うんです。

だからこそ、みんなのコードが社会的に重宝され、有識者として必要とされているのだと思います。

利根川:ありがとうございます。日々の業務に追われていると、そういった視点をつい忘れてしまうメンバーもいますので、こういった視点からのお話は非常に貴重です。

松山氏:「自信を持って」と伝えてください。本当に素晴らしい活動だと思っていますし、この10年間の歩みも、感動してしまうくらい価値あるものだと思いますから。


社会と教育のギャップを埋め続けるために

利根川:松山さんが、今後もっと力を入れていきたいと思っているテーマはありますか?

松山氏:広い意味での「キャリア教育」は、ずっとやり続けなければいけないと思っています。

学校現場と社会・テクノロジーの進化の間には、依然としてギャップがあると感じます。

例えば生成AIにしても、テクノロジー業界では数年前とはまるで違う世界になっており、インターネットの有無に匹敵するほどのパラダイムシフトが起こっていると感じています。

しかし、学校現場では、その実感がまだ十分に浸透しておらず、先生方もそれほど活用できていないのではないでしょうか。

そうした変化を伝え、ギャップを埋め続ける必要があると感じています。

子どもたちは、すでにネイティブにテクノロジーを使いこなしているとは思いますが、彼・彼女らが「主体的な使い手」になれるように、大人や、特にテクノロジー業界にいる私たちは、もっと未来の姿を見せ続け、考え続けていかなければならないと考えています。

利根川:テクノロジーってどんどん進んでいくのに、学校はどうしてもそれよりも遅い。この差分は、構造的に常に存在し続ける。そこが、みんなのコードだったり、松山さんだったり、CSRセクターが担っている領域なのではないかと思っていて。

だから「やることはずっとあるんだろうな」と、今改めて感じているところなんです。

松山氏:大人がついていくのは本当に大変ですよね。だからこそ、保護者も含めて、大人のマインドシフト、それがすごく重要だなと思います。

利根川:いい教材を企業と一緒に作ることはできます。でも、それを実際に教室に届けようとすると、やっぱり先生がその教材を知って、「なぜこれを子どもたちに届けるのか?」という社会的文脈も理解している必要がある。

どうやって子どもたちに届く形にするか、そこをみんなで工夫する。そういう姿勢を、キンドリルや松山さんが、最初から理解してくださっているのは本当にありがたいです。

松山氏:そう言っていただけると嬉しいです。私は1人の親として、そしてIT企業の一員として、このテーマには使命感すら感じています。

私は現在、キンドリルの社会貢献の担当をしているので、業界全体や企業間でもっとコレクティブに、連携を強化したいと考えています。

10年前の「Hour of Code」のイベントでは、子どもたちが会場に来て、様々な企業の方がコレクティブにサポートしていた場面がありました。これをもっと概念的に広げ、もっと大きなことをやりたい。みんなのコードさんには、そのような連携の中心になってほしいと強く思っています。

利根川:そうですね。今もハブとして機能している面はあるとは思うのですが、今後はさらに企業同士が連携しているような世界観があったら面白そうですね。

松山氏:やっぱり企業から単独でアクションを起こすのは難しい面もあります。

企業はそれぞれの活動をアピールしたいという気持ちもありますし、やりたいこと、タイミング、予算、見せ方が微妙に異なるという課題もあります。

だからこそ、「みんなで一緒にやりましょう」という大きな枠組みをNPOが先導して進めていけると、良い取り組みができるのではないでしょうか。

国や行政に政策提言を行う際などは、企業からも後押しがあって、一緒に提案していけたら良いですよね。みんなで同じ方向を見て取り組むことが重要だと思います。

私自身、自社がやっていることに誇りを持っていますが、子どもたちの未来に対して、自分や自分の会社にとどまらない広がりを持った関わり方ができたら、とても嬉しいと感じています。

利根川:まったく同感です。

私がこの仕事を10年間楽しく続けられてきた理由の一つは、松山さんをはじめ、関わってくださる皆さんが「利他的」な姿勢を持たれていて、「次の世代のために何ができるか」という部分に、モチベーションの源泉がある方が多いからであるように思います。

それぞれの会社にいろいろな事情があるとは思いますが、大きな方向性としては共通の思いを持っているので、お互いに話しやすい。これは、この仕事をしていて非常にありがたく、楽しいと感じる部分です。

松山氏:この仕事の魅力の一つは、「パイの奪い合い」ではなく、「重ねていく」関係性が築けるところにあると思います。やればやるほど、連携が深まっていく。その点が素晴らしいと感じます。

利根川:ありがとうございました。

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