「より良い社会を実現するために、異なるセクターや分野を越えて社会課題の解決に取り組むこと」を目的にした「NPOとともに築くシリーズ」対談企画第4弾!
今回は、高知県須崎市にある「てくテックすさき(以降「てくテック」)」をみんなのコードとともに運営する須崎市の楠瀬市長にお話を伺いました!
今回の対談では、須崎市のこれまでの歩み、須崎市にてくテックができた背景や、日本の大きな課題でもある「人口減少」にどう立ち向かっていくのか。楠瀬市長の想いやビジョンを深掘りします。
◉話し手:須崎市長 楠瀬耕作(くすのせ・こうさく)氏
高知県須崎市長。大学卒業後に東プレ株式会社を経て、ハイヤー会社に勤務。89年に高知県西部情報通信研究会の事務局長に就任し、須崎ケーブルテレビ株式会社(現・よさこいケーブルネット株式会社)の設立に携わる。93年に代表取締役、94年に常務取締役に就任し、地域の情報通信分野に貢献。06年から11年まで須崎商工会議所副会頭を務めた後、12年に須崎市長に初当選し、以降2024年まで4期連続で市長を務める。
◉聞き手:みんなのコード 理事会長 利根川裕太(とねがわ・ゆうた)
2009年にラクスル株式会社の立ち上げから参画し、プログラミングを学び始める。2015年にみんなのコードを設立。2016年 文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。2024年に文部科学省「初等中等教育段階における生成 AI の利活用に関する検討会議」委員。2025年より中央教育審議会 初等中等教育分科会 デジタル学習基盤特別委員会 委員。
◉高知県須崎(すさき)市
人口約18,900人(2025年8月現在)。高知県のほぼ中央に位置し、太平洋に面した自然豊かな市である。須崎港でとれる海の幸を中心に、全国一の出荷額を誇るミョウガなどの農産物も出荷されるなど、海と陸の豊かな食の魅力に溢れている。さらに、セメントや木材の流通を担う高知県内最大の貨物取扱港として、産業面でも重要な役割を果たしている。2024年に須崎市教育変革ビジョン「Make ”IT” Fun」が策定され、ICT活用を中心に子どもたちの「好き」を伸ばす先進的な学びの環境づくりが進められている。
情報格差の解消を目指したケーブルテレビの立ち上げ

利根川:
事前にご経歴を拝見したのですが、市長になる前は、いわゆるビジネスパーソンだったのですか?
楠瀬氏:
そうですね、仕事では全く行政には関係ありませんでした。ただ、青年会議所で活動していまして、何か地域のためになることをやろうということで、商工会議所と連携して始めたのがケーブルテレビの事業です。
当時、民放が2局しかなくて、野球の試合が見られないじゃないか、という話がありました。
それを解消しようということで、テレビ朝日系列の番組を区域外から電波で受信して、有線で各家庭に配信するという仕組みをつくりました。今はインターネットの時代ですが、当時はまだ情報格差が大きかったので、それを解消するための取り組みでした。
利根川:
30代くらいの頃ですか?
楠瀬氏:
30代後半から40代くらいです。
立ち上げにあたっては、初期投資が大きかったので、資本金の準備が大変で、結構時間がかかりましたね。
利根川:
営業もされていたんですか?
楠瀬氏:
はい。まず事業のための研究会を立ち上げて、地元をかけずり回って営業をして、賛同者を増やして資金を調達していきました。須崎ケーブルテレビ(現よさこいケーブルネット株式会社)ができたのは、研究会を立ち上げてから4、5年後のことでした。
利根川:
そこからどういう経緯で市長選に出馬されたんですか?
楠瀬氏:
青年会議所を40歳で卒業して、いきなり商工会議所で副会頭になりました。その後しばらくして、当時の副市長から「市長が引退するから、次を担ってくれないか」と声をかけられました。
利根川:
そうして市長に就任されたのが2012年なので、14年ほど前になりますね。当初、どういった政策をお考えだったんですか?
楠瀬氏:
当時の須崎市は、財政的に非常に厳しい時代だったんですよ。
とにかく赤字が大きくて、投資に回す余力がまったくなかった。
市長になって何か新しいことをやろうとしても、「お金がないから無理だ」という状態だったので、最初の2期くらいは財政再建に取り組んでいて、ひたすら耐え忍ぶ時期でした。
なぜ須崎市は教育に取り組むのか
利根川:
他の地方自治体と同様、須崎市でも高齢化が進んでいて、市民から聞こえてくる声も年齢層が高めなのかな、と思います。
そうした状況では、教育は重要視されにくいのではないかと思うのですが、私は、須崎市では教育がすごく大切にされている印象がありますし、市長ご自身も大事にされているのではないかと感じています。
須崎市での教育の位置付けについて、詳しくお聞かせいただけますか。
楠瀬氏:
先ほどもお話ししたように、最初の2期は財政再建が中心で、新しい取り組みを始める余裕がなく、私も教育に関して特に意識していたわけではなかったんです。
ただ、ふるさと納税でたくさんの支援をいただくようになり、そのうち、4割ほどが「子どものために使ってほしい」という納税者の意思表示がありました。
それを受けて、「子どもの数は減っていくが、教育の質を上げることができるのではないか」と考えるようになりました。
周りからは「教育の質を上げたって、どうせ県外へ出て行くだけだ」と言われました。今でも言われることがあります。でも、須崎で生まれ育つ子どもたちのために、「それでもええやないか、やるべきだ」と、私は思っています。
そこで、保育園・幼稚園、小学校、中学校、そして高校まで連動させて、今までにないような、プログラミングと英語を軸とした、新しい教育をやっていこうと、今、みんなで話しているところなんです。
利根川:
なるほど、ありがとうございます。人口減少という観点で、みんなのコードが地域と一緒に教育に取り組む上で、私が大事だと思っていることが2つあります。
1つは、「自分はこの地域に育ててもらった」と子ども自身が思えること。そうすると、一度外に出てもまた戻ってきやすくなる。
もう1つは、「自分はどこに住んでいても食べていける力がある」と思えること。これがないと、たとえ生まれ育った地域に感謝の気持ちがあっても、戻ってこられないかもしれない。
これまで、てくテックでは、あまり意識してこなかった部分ですが、今後は「地域に育ててもらった」「スキルがあれば自分で人生や住む場所を選べるんだ」という実感が持てるようにしていきたいと考えています。
楠瀬氏:
私も同じ想いです。いろいろな講演を聞いたり、本を読んだりしていると、これまでの「先生が前で話して、生徒がそれを聞く」という一方通行の画一的な教育では、もう時代に合っていないと感じます。
昔は「大企業に就職して60歳まで勤める」みたいな人生パターンでしたが、今は全然違いますよね。それなのに教育だけがなかなか変わっていけない。
てくテックは、そういう意味で独立していて、最先端の機器を使って、自分のやりたいことができる。
でも、学校現場で同じことができるかというと、なかなか難しいのが現実です。プログラミングであれば、てくテックと連携してやっていけばいい話ですが、そのほかの授業スタイルなどもどう変えていくかが今後の課題ですね。
行政・教育現場・子どもたちをつなぐ、須崎市の学校教育ビジョン
利根川:
須崎市では「Make ”IT” Fun ~キミの「好き」を楽しもう~」*1(以降「Make ”IT” Fun」)が2024年9月に策定されましたが、これは市の教育政策プロデューサーに細田眞由美*2さんが着任されてから、コンセプトづくりが始まったんですか?
楠瀬氏:
いや、その前から構想はあったんです。
2023年に発表された石川県加賀市の学校教育ビジョン「Be the Player」*3なども、実際に視察に行ったりして参考にして、ベースを組み立てました。
その後、ほぼ出来上がっていた段階で、細田さんが加わってくれて、細かい内容を詰めていったんです。

利根川:
「Make ”IT” Fun」の中でも触れられている、英語とプログラミングという方向性というのは、市長がお示しになったんですか?
楠瀬氏:
そうですね。人口減少や、これからさらに多文化共生時代になっていくということも含めて、やはり英語はしっかりやっておくべきだと思います。
プログラミングについては、確か2020年ごろに必修化になったんですよね?
利根川:
学習指導要領改訂に伴って、小学校では2020年度からプログラミング教育が必修化されて、中学校、高校でも段階的に情報教育が拡充されました。
楠瀬氏:
それで須崎市でもプログラミング教育が始まったんですが、全国的にも、例えば中学校では技術の先生がプログラミングを教えていますが、小学校では情報教育の専門教員がいない。
実際にはまだ体制が整っていると言えない状況があると思います。
だからこそ、行政と教育現場、子どもたちをつなぐ、「しっかりした橋をつくっていこうじゃないか」という考えで取り組んでいます。
*1「Make ”IT” Fun ~キミの「好き」を楽しもう~」
2024年9月に策定された須崎市の教育変革ビジョン。
https://www.city.susaki.lg.jp/life/detail.php?hdnKey=5238
*2 細田眞由美(ほそだ・まゆみ)氏
須崎市教育政策プロデューサー。埼玉県並びにさいたま市教育委員会などを経て、17年より23年までさいたま市教育長を務める。兵庫教育大学客員教授、うらわ美術館館長、(一社)LEAP理事。2024年7月より現職。
*3 加賀市学校教育ビジョン「Be the Player」
石川県加賀市教育委員会が2023年1月に発表した学校教育ビジョン。「Be the Player」をスローガンに掲げ、「自ら考え、行動し、創造し、社会を変える」子どもの育成を目指し、同年4月から本格始動した。