みんなのコード代表理事の杉之原です。
2025年11月10日〜12日に、バンコクで開催された国際カンファレンス Asia Pacific Computer Science Education Conference 2025 (以下、APCSE2025)に参加しました!
APCSE2025は、アジア太平洋地域の国々が国境を越えてコンピュータサイエンス(CS)教育について学び合うための国際会議です。各国の行政・政策担当者、研究者、教育実践者、企業、非営利団体など、多様な立場の関係者が一堂に会し、コンピュータサイエンス教育の未来について議論を深める場となっています。
なお、2024年の第1回は、みんなのコードがホストとなり、東京・仙台で開催しました。2回目となる今回は、“Beyond Algorithms: Redefining K-12 Computing for the AI Generation”をテーマに掲げ、アジア各国から多くの関係者がバンコクに集まりました。

APCSE2025では、以下のようなプログラムが実施されました。。
・バンコク郊外にある小中高校の授業見学
・OECD、MIT Media Lab、ケンブリッジ大学、Code.orgなどの有識者ゲストによる基調講演
・アジア各国からの共有(タイ、インドネシア、インド、韓国、マレーシア、ベトナム、モンゴルなど)
・授業教材や教育プログラムの体験セッション
今回の記事は、APCSE2025への参加を受けて2025年12月12日に開催した報告イベント「AI時代のコンピュータサイエンス教育@海外カンファレンス参加レポート」の様子をお届けします。カンファレンスに実際に参加した日本からのメンバーが、それぞれの学びや気づきを共有し、日本の教育現場や今後の取り組みにどうつなげていけるのかをお話ししました。
【日本からのカンファレンス参加者】
・利根川 裕太(みんなのコード 理事会長、ICSEC 代表理事)
・杉之原 明子(みんなのコード 代表理事)
・田嶋 美由紀(みんなのコード 政策提言部/未来の学び探究部 部長)
・横井 景祐氏(株式会社すららネット 企画開発グループ コンテンツチーム)

「学び続ける人生」の基盤としてのコンピュータサイエンス
── APCSE2025の中で、「AI時代の学びについて」世界の有識者からはどのようなメッセージがありましたか?
利根川:
教育の大きな転換点を感じさせる、非常にパワフルな提言がいくつもありました。
まず、OECDのアンドレアス・シュライヒャー事務総長の話です。人生100年時代という長期化し、かつ変化のスピードが速い時代においては、人々が「アップスキル(新たな技能の習得)」とリスキル「(学び直し)」を継続し、勉強し続ける必要があるという点を強調していました。特に、「学び続ける人生」を送る上で、情報活用能力やコンピュータサイエンスの理解は、もはや一部の専門家のものではなく、すべての人が持つべき生きるための基盤であると言っていたのが印象的でした。

そして、今回のカンファレンスでは、コンピュータサイエンス教育のレジェンド的な存在の方々の話も聞くことができました。

なかでも、アンプラグドの学びの権威であるティム・ベル博士の言葉にとても感銘を受けました。「コンピュータサイエンスは魔法ではありません。しかし、それを理解することで、世界を変える魔法のようなツールになる」と語っていました。技術を「ブラックボックス」のままにせず、その裏側にある科学を理解することの大切さを改めて痛感させられました。
大きなトレンドとして、イギリスの「教科コンピューティング」のリーダーであるケンブリッジ大学のスー・センテンス教授の話も学びが多くありました。

かつては「if/else」のような「ルールベース」の処理を教えることがプログラミング教育の中心でしたが、AI時代においては、データをもとにモデルで判断する「データドリブン」な思考へと、教育のベース自体が変わっていくという話でした。「ただ、データドリブンへとシフトするからといって、従来のルールベースの考え方を捨てて良いわけではない。どうリンクさせるかが重要である」という議論は非常に本質的でした。
こういったAI時代において「先生の役割は何か?」という問いに対して、Code.orgのパット氏が「生徒を愛すること(The role of teacher in the age of Ai is just to love their students even more.)」と答えたのも胸に刺さりました。AIはあくまでツールであり、生徒の人生をより良くするためにどう使うか、という視点が強調されていました。

── 日本の状況はどのように世界から見えましたか?
利根川:
OECDのシュライヒャー事務総長が引用していたOECDの国際比較データ(Results from TALIS 2024)では、日本の立ち位置は目立っていました。日本の教員のAI活用率は、40ヶ国中下から2番目という非常に低い水準にあるというのです。

一方、日本は、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)の結果は良いわけです。学力テストに表れるようなアウトプットの評価だけでなく、生徒が学びを楽しいと感じ、豊かな人生を送るための資質をどう育むかという視点が重要であることを改めて感じました。
── なぜ、日本の教育におけるAI利用は進まないのでしょうか?
利根川:
日本の先生がAI活用に消極的な背景には、日本特有の「真面目さ」があるのではないかと思います。「教えるからには完璧に理解しなければならない」「自分が分からないものは教えてはいけない」という強い責任感が、結果として新しい技術を取り入れる際のブレーキになってしまっているのではないでしょうか。
アジア各国のコンピュータサイエンス教育
── 日本の情報教育は、アジア各国からどのように見られましたか?
田嶋:
日本は、2023年7月に文部科学省が生成AIに関する暫定的なガイドラインをいち早く策定するなど、政策としては迅速に対応しています。一方、小学校から高校までを通して、情報教育の具体的な内容やカリキュラムが一体的になっていないという課題を抱えていますが、2030年代の学習指導要領改訂に向けて、小中高における抜本的な改革議論が進捗しています。

アジア各国の参加者からは、「素晴らしい方向性だ」と評価される一方で、「これをすべての学校に本当に実装できるのか?」「AIに関する教育は、具体的にどのように取り入れているのか」という鋭い質問をいただきました。
── アジア諸国の状況はどうでしたか?
田嶋:
まず、開催国であるタイをご紹介します。タイには「IPST(科学技術教育振興研究所)」という教育省直轄の専門機関があり、CS教育のカリキュラム作成や教科書の監修を一手に担っています。小学校から高校まで一貫したカリキュラムがあり、国としての熱量の高さを感じました。
タイは2017年のカリキュラム改訂を経て、2018年からCS教育を本格的にスタートさせました。それ以前は、情報通信技術(ICT)の利活用に重点が置かれていたようです。2018年からスタートしたカリキュラムでは、小学校1年生から高校3年生までの12年間で、CS、コーディング、デジタルリテラシーを含む内容を学習しています。

また、最新技術への対応も迅速で、AI分野ではユネスコが2024年に発表したフレームワークを参考にしながら、カリキュラムに迅速に取り入れています。教員研修においても、AIを理解して活用できる能力を身につけさせ、最終的には教員が自律的な学習支援にAIを応用できるようになることを目標としています。学校現場では、プロジェクトベースの学習が推進されており、ポスター発表では、画像認識などのAI技術を活用した課題解決の事例が多く見受けられました。
杉之原:
次にご紹介するのは、韓国です。韓国のプレゼンターは、政府系機関であるKOSACの方でした。KOSACは、行政と連携しながらサイエンス&テクノロジー振興政策を策定しています。
韓国では、以前からプログラミング教育を中心とした必修化を段階的に進めてきましたが、2025年度からはさらに踏み込み、小学校および中学校における学校内での学習時間が倍増されました。加えて、教育を支える人材とインフラへの投資にも力を入れています。プレゼンでは、ロボットを活用した教育が積極的に行われていることを受け取りました。

3番目は、世界で4番目に人口の多いインドネシアです。 K-12(小中高校)の生徒数は、韓国の国民総人口に匹敵する規模であり、その規模に見合った支援体制の構築が大きな課題となっています。
インドネシアでは、2025年7月から小・中・高校で情報教育を選択科目として導入する準備が進められており、社会や技術の変化を反映するためカリキュラム改訂も頻繁に行われています。一方で、全国のインターネット普及率は43.5%にとどまり、ICT環境整備の遅れや、度重なる制度変更による教員負担の増大が課題として指摘されています。さらに、低所得層やジェンダーによる教育機会の格差も依然として大きな論点となっています。

最後はインドです。若年層が多く人口14億人を超えるインドは大きな成長力を持つ一方で、「学ぶこと」と「働くこと」の間に大きなギャップを抱えています。教育を受けた若者が、実際の雇用につながるスキルを十分に身につけられていない点が課題として指摘されていました。
学校のインフラ整備率は約72.8%と比較的高い水準にあるものの、都市部と地方の間で教育環境の格差が大きく、社会の複雑さが教育課題にも色濃く表れていました。

「とりあえずやってみる」と「理解してから動く」の違い
── 今回、日本から参加されたもう1名のゲストである株式会社すららネットの横井さん。どう感じられましたか?
横井 氏(株式会社すららネット):
弊社は、公立・私立の学校や、塾、放課後の学習支援などに、教育アプリケーションのようなWebサービスを提供している会社です。私は普段、教材開発の視点から教育を見ていますが、今回参加してみて、アジア各国の熱量には圧倒されました。
それから、特に印象に残ったのは、利根川さんも取り上げていたティム・ベル博士の言葉です。今、身の回りのほとんどのものにシステムが組み込まれています。もし子どもたちがAIの仕組みを理解しなければ、すべてが「よく分からないけど使える」「よく分からないけど動く」という、魔法にしか見えなくなってしまう。技術の仕組みを理解し、それを自分の力で活用できるようにするための教育が、今後ますます求められると感じました。
利根川:
アメリカの参加者から、「アメリカではとりあえずやってみて、後から修正する」というスタンスなのに対し、日本や一部の国は「完全に理解してから動こうとする」傾向があるという話がありましたよね。日本はインフラも整っているし、先生も優秀です。でも、「失敗できない」「完璧でなければならない」という文化が、新しいテクノロジーの導入を阻んでいる側面はあると思います。「分からないから教えない」ではなく、「先生も分からないから一緒に学ぼう」というスタンスへの転換が必要だと、改めて感じました。
── 最後に、カンファレンス全体の雰囲気で感じたことはありますか?
田嶋:
ひとつ印象的だったエピソードがあります。カンファレンスのコンテンツに、参加者が実際にコンピュータサイエンスの教材を触り、その活用法を体感するワークショップがありました。主催者がやや冗談めかして「買い取りたかったら言ってね(笑)」と投げかけたところ、「今すぐ買いたい。いくらですか?」と、インドからの参加者が真剣に反応していたのです。
彼女は、「とにかく教材を今すぐ持って帰って、自分のチームや学校にシェアしたい」と訴えていました。ネットでの購入を案内されても、インドに物流の不安があったりするからか、すごい剣幕でした。「なんとかして国を良くしたい」という強い思いを感じました。
杉之原:
私は、ジェンダーバランスやインクルーシブな視点が組み込まれていたのが印象的でした。タイのリードが女性だったからかもしれませんが、登壇者や参加者の男女比もバランスが良く、障害のある子へのCS教育といったトピックも扱われました。日本では、登壇者が男性ばかりということもまだ珍しくありませんが、その辺りの空気感の違いを肌で感じました。

横井 氏:
今回のカンファレンスを通じて、日本も私も、「島国」に閉じこもっている場合ではないと強く思いました。世界はどんどん先に進んでいます。こういうイベントに参加すると、他の国と比較して考えることができます。すごく良い機会になりました。
今回のAPCSE2025への参加を通じて、技術は「人が生きるか」を土台としてこそ意味を持つのだと、改めて強く感じました。
生成AIをはじめとする急速な環境変化の中で、それぞれの国が、それぞれの社会的・文化的背景を踏まえながら手探りで挑戦を続けています。今年も、日本の情報教育をより良く進めていけるように国を越えて学び合い、試行錯誤を重ねていきたいと思います。
