「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」シリーズ④
みんなのコードは、2024年7月に次期学習指導要領に向けての提言「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」(以下、カリキュラムモデル案)を発表しました。
これは、私たちが考える、これからの小・中・高の情報教育のあり方について提案するものです。今回は、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から議論を重ねた場面について、COOの杉之原、政策提言部の田嶋がお話します。
※みんなのコードは、情報教育にまつわるさまざまな格差を埋める取り組みを行っています。なかでも、テクノロジー分野におけるジェンダーギャップが認められていることについて重点的に取り組んでいます。
2023年7月:「テクノロジー分野におけるジェンダーギャップの解消に関する取り組みについて」を発表
2024年3月:「D&I推進レポート」を公開
プロフィール
杉之原 明子
2008年に株式会社ガイアックス入社後、学校向け新規事業の立ち上げ及び責任者を経て、2014年アディッシュ株式会社設立及び取締役に就任。管理本部の構築及び上場準備の旗振りを行い、2020年3月東証マザーズ上場。2021年にみんなのコードCOO就任。ダイバーシティ経営をキーワードに、複数のベンチャー上場企業役員を兼任。
田嶋 美由紀
新卒で文部科学省に入省後、法令・税制改正、学習指導要領の普及業務などに従事。公益財団法人(芸術文化団体)、経営コンサルティングファームを経て、2022年にみんなのコードに入職。文部科学省での経験をもとに政策提言部を立ち上げ、「行政と現場の橋渡し」を目標に活動中。
「その声は、本当に大事なのか」という葛藤
田嶋:
カリキュラムモデル案の進捗を杉之原さんに共有したとき、「情報教育で学ぶべき『情報』の6領域の順番を入れ替えたい」と熱弁された記憶があります笑。
杉之原:
熱弁しました笑。
田嶋:
あの熱量はどこから来ていたのでしょうか。
杉之原:
みんなのコードは、バリューのひとつに「子どもから始めよう」がありますよね。カリキュラムモデル案のドラフトを受け取ったとき、子ども目線で眺めたらどうなんだろうと、ふと思ったのです。そのときに思い出したのが、日本女子大学附属中学校(※)の授業で見た生徒の姿でした。(※2023年度に日本女子大学附属中学校と「教科横断的な情報活用能力の育成に関する連携協定」を締結)
私が授業を見学したときに強く感じたのは、「おもしろい!」「かわいい!」という感覚や感情が刺激された女子生徒の様子でした。彼女たちの姿からカリキュラムモデル案を眺めたときに、果たしてこの順番で良いのだろうかと、強烈に引っかかりました。
一方、カリキュラムモデル案が完成する間際の出来事でしたよね。どんな気持ちでしたか笑。
田嶋:
どんな気持ちだったんだろう。単純に「その視点、落ちてたな」と思いました。社内では、定期的にジェンダーギャップに関する議論になるのに、作り手になったらその観点を持ち合わせていないことに気づいた。カリキュラムモデル案は、情報教育を専門にしている未来の学び探究部(元教員メンバーで構成)が中心となって作成しました。議論のメインは、小中高の学びを系統立てることでした。
杉之原さんのコメントを未来の学び探究部メンバーに共有したとき、彼らの反応は、「えっ、そこ?」というかんじでした笑。なぜなら前提として、情報の6領域は、順番に学ぶものではなく、各学校段階で柔軟的・複合的に実施するものだったからです。
杉之原:
そうですよね。
田嶋:
そう。この6領域の並びが指摘されるとは思わなかったし、ぶっちゃけ、順番を変えても変えなくても、どちらでも良いアジェンダだった。「そんなに変わる?」というかんじです。
杉之原:
その議論を聞いた上で、「本当にそうですか?変わりそうじゃない?」と差し戻しましたよね笑。
田嶋:
差し戻されました笑。そのとき、6領域の並びについて、私たちが順序性を強く主張しているわけではないと思う一方で、私自身、その並びを無意識に作成したものだったことが気になってきました。もし、このカリキュラムモデル案を土台として教科書が作成されたら、やはり上から記述されることになるはずです。生徒・現場に届いたときを想像したら、順番にこだわることにも納得感があるように思えました。
杉之原:
そんな変化があったのですね。
田嶋:
はい。現場の景色を想像したら、変えるべきだと思いました。もともとの6領域は、小中高の情報教育を系統立てるために整理したものでした。杉之原さんからの意見を踏まえて、改めて順番を考え直しました。結果、現行の学習指導要領でも「情報デザイン」が序盤に記載されている高校との一貫性を確認して順番を変更しました。
それから、こんな会話があったことも思い出しました。未来の学び探究部と「「楽しい」が最初にあったら、その後の学びが続かないのではないか」という会話がありましたが、杉之原さんは「一度挫折したら、女子、というか私(杉之原)は帰ってきません」と返していました笑。
一連の出来事を振り返ると、「情報という科目を、好きにならなくてもいいから、嫌いにならないで」という会話を日頃からよくしているにもかかわらず、小さな想像力のなさを感じました。
杉之原:
分かります。制作者の目線から抜け出すのは難しいことですよね。いろいろな目を持った人が制作工程に入る、あるいは、視点をずらすプロセスを入れる。みんなのコードは、いろいろな場面で「子どもから始めよう」という会話になることが増えましたが、それでも、カリキュラムモデル案の作成を通じて、プロセスに組み込まないと簡単に見落としてしまうなと思いました。
「注力していない私たちが、どこまでどのように言及できるか」という葛藤
杉之原:
私はジェンダーギャップの観点から考えましたが、その後、田嶋さんは、障害の観点から「カリキュラムモデル案の意義の部分(基本方針)は、これで良いのだろうか」と課題提起をしてくれましたよね。
田嶋:
それまでの文章も、障害の有無やダイバーシティなど、様々な観点を含めて「すべての子ども」を対象にしていたつもりでしたが、杉之原さんの思いに触れて、「本当にその意図は伝わるのかな?」と、ふと気になりました。
私は、妹が養護学校(現・特別支援学校)に通っていたこともあって、インクルーシブな社会の実現に興味をもっています。テクノロジーが、障害児の可能性を広げる姿も身の回りで見てきました。そんな姿を広めるためには、積極的に障害などについても言及していく必要があるだろうと思ったんです。
杉之原:
みんなのコードは、小学校プログラング授業教材「プログル」に、「やさしい日本語」機能を開発したりしています。これは、外国にルーツがある、障害をもつなどの理由から、日本語学習途上や日本語に不慣れな子どもにもプログラミングの授業が届くようにと取り組んでいるものです。ただ、私たちが、特別支援教育を専門にしてきたわけでもないことは事実ですよね。
田嶋:
まさに、どこまでやれるんだろうという不安感がありました。カリキュラムモデルのひとつひとつを見つめ直すことは難しいかもしれませんが、「基本方針の部分にはテクノロジーの可能性を表現したい」というアツいディスカッションをした記憶があります。
杉之原:
いざ書くときには、様々な文章を確認したり、特別支援教育を専門にしているメンバーにもアドバイスをもらったりして、今までにない書きぶりにチャレンジしましたよね。
田嶋:
はい。現行の学習指導要領では、「障害のある児童・生徒などが、学習活動を行う場合に生じる「困難さ」に対応しましょう」という記述があります。とても大切な観点ですが、カリキュラムモデル案では、ここから一歩踏み込み、以下のように綴りました。
情報技術の特性を生かせば、アクセシビリティとユーザビリティが向上することを考慮し、従来から言及されてきたような「学習活動を行う場合に生じる困難さに応じた指導内容や指導方法の工夫」及び合理的配慮の視点に立った対応にとどまらず、児童生徒の「長所・強み」となる特性に着目し、可能性を発揮していく視点が必要である。
▲カリキュラムモデル案「基本方針」から引用
「困難さ」を改善・克服するだけでなく、テクノロジーをより良く扱うことで、すべての子どもたちがよりエンパワーされて欲しいという願いを込めた一文です。
個人の思いを起点に輪を広げていきたい
杉之原:
全体からすると、個人の思いを起点とした、一部への強烈なこだわりだったかもしれません。そうかもしれないけれど、ジェンダーギャップや障害という観点で見つめ直すことで「楽しいか」「可能性を開くのではないか」「情報を嫌いにならないでほしい」という、作成過程でのディスカッションでは出なかった議論が重ねられました。
これは、「誰もがテクノロジーを創造的に楽しむ国にする」というみんなのコードのビジョンを実現するためにも、欠かせない会話だと思いますし、私個人としても、自分の文脈でも語れる思い入れのあるカリキュラムモデル案になりました。
田嶋:
私は、カリキュラムモデル案を紹介する際に、ある女性の大学の先生にこの話をしました。そうしたら、「そんなに考えられているのですね」と、思いのほか共感を持って聞いていただけたんです。たしかに、一部への強烈なこだわりかもしれないけれど、それを起点に、社外の方とも議論や共感の輪を広げていけるのではないかという予感を感じられています。
さて、「小・中・高等学校における情報教育の体系的な学習を目指したカリキュラムモデル案」の発表に際して、お送りしてきたこのシリーズも今回が最後。そして、ここがスタートです。
ダイバーシティ&インクルージョンの観点でも、個人の思いから派生する願いをカリキュラムモデル案に託しました。これを現実にしていくべく、教育現場、行政、学術機関、企業の皆さまと連携し、その輪を広げていきたいと思います。